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大分地方裁判所 昭和35年(ワ)283号 判決 1963年9月17日

主文

原告等の請求を棄却する。

末尾添附の別紙目録記載の土地は当事者参加人の所有であることを確認する。

原告等は当事者参加人に対し末尾添附の別紙目録記載の土地につき大分地方法務局別府出張所昭和二五年一二月二一日受付第五二二六号をもつてなされた岡本嘉四郎のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

末尾添付の別紙目録記載の土地につき被告岡本ヨシヱは所有権六分の一の持分を、被告岡本秀子、同岡本千恵子、同岡本寿郎はいずれも所有権各九分の一の持分を、被告荒金テル子は所有権二分の一の持分を当事者参加人に対し所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は差戻前の当審、控訴審、差戻後の当審を通じ被告等と当事者参加人との間に生じた分は被告等、その他の分は原告等の負担とする。

事実

(原告等の申立及び主張)

原告等訴訟代理人は「被告等は原告等に対し末尾添付の別紙目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、参加人の請求に対し「参加人の請求を棄却する。参加により生じた訴訟費用は参加人の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(一)  原告等の先々代たる亡岡本友太郎(原告等の先代は亡岡本嘉四郎)は大正一二年二月二日訴外山崎ヨシノから金一万円を利息は金一〇円につき月一〇銭、弁済期は大正一三年一月一五日との約旨で借用し、右債務を担保するために、その所有の末尾添附の別紙目録記載の土地(以下「本件土地」と略称する)について抵当権を設定した。

(二)  しかし友太郎は債務の支払を怠つたため、大正一四年六月山崎ヨシノから右抵当権を実行せられたので、大正一五年二月一八日被告等の先々代たる訴外亡向ケサの承認をうけ同女名義をもつて代金一万六七一八円六〇銭でこれを競落し、次で同年三月二〇日友太郎は訴外三津浜銀行から向ケサ名義で金一万六〇〇〇円を借用した上、同月二二日競落代金を納入して本件土地の所有権を取得し、もつてこの土地を他に渡さず、とりとめることができたのである。

(三)  以上の経緯により本件土地は登記簿上、向ケサの所有名義で登載されたが、その実は友太郎の所有であつたのである。その後大正一五年五月一五日友太郎はケサとの間に、友太郎が三津浜銀行に対する前記借用金債務を弁済すれば、ケサは友太郎に対し本件土地につき所有権移転登記手続をなし、友太郎をして名実ともに右土地の所有権者たらしめるとの約定ができた。

(四)  その後、友太郎は大正一五年一二月三一日死亡し、原告等の先代たる岡本嘉四郎は家督相続をしたが、他方ケサも昭和九年一二月二二日死亡し、向鶴治が家督を相続した。

このようにして、原告等の先代嘉四郎は友太郎から本件土地の所有権移転登記に関する前記特約上の権利を承継したが、昭和二年一一月二二日三津浜銀行に対する前記借用金を完済したので、向鶴治は嘉四郎に対し所有権移転登記手続をすべき義務をもつところ、嘉四郎は昭和三〇年九月二二日死亡し、その長女原告岡本シズヱ、嘉四郎の長男亡忠雄の長女たる原告甲斐光代、嘉四郎の養子亡克已の長男たる原告岡本征一、同じく二男の原告岡本紀久男、二女の原告岡本和代、三女の原告岡本久子が相続により嘉四郎の地位を承継したが、他方向鶴治も昭和二二年一一月二日死亡し、その長男岡本安雄、長女荒金テル子の両名が財産上の地位を相続により取得し、その後昭和二三年一一月一四日岡本安雄死亡し、相続人たる妻の被告岡本ヨシヱ、長女の被告岡本秀子、養女の被告岡本千恵子、長男の被告岡本寿郎が安雄の地位を承継した。

よつて原告等は被告等に対し本件土地につき所有権移転登記手続を求めるものである。

(五)  前述のごとく原告等の前主にあたる岡本友太郎が本件土地の実質上の所有権者たることは明かであるが、またこれより以前になされた確定判決の既判力からいつても、これに反する主張は許されないのである。

当事者参加人の後記(二)の主張事実のごとく岡本栄三郎(その後、栄信と改名)、向ケサ、大野五郎、岡本友太郎、岡本カヅの五名が昭和二年一一月二二日株式会社大分県農工銀行から連帯して金四万八〇〇〇円を借受けたとき、その担保として同銀行のため本件土地等につき抵当権を設定したが、(借用金四万八〇〇〇円については、友太郎が金一万六〇〇〇円、栄信が金三万二〇〇〇円を負担する内部関係であつた)、この抵当権設定については、友太郎から農工銀行の後身たる株式会社日本勧業銀行を相手方として、抵当物件は友太郎の所有であるのに、栄信が無断で文書を偽造して抵当権を設定したものであると主張し、抵当権設定行為の無効確認及び登記抹消を請求し、同事件は大分地方裁判所昭和一三年(ワ)第一九号、長崎控訴院昭和一五年(ネ)第八二号、大審院昭和一六年(オ)第六二八号事件として係属し、結局右土地は負債整理のために整理担当者において向ケサ名義で競落したにすぎず、実質上の所有権は友太郎にあるが、抵当権の設定については実質上の所有者たる友太郎も名義上の所有者たるケサもこれを承諾していたから抵当権設定行為は有効であるとして、友太郎敗訴の判決があり、昭和一六年七月一六日確定した。従つて右事件において友太郎は請求棄却の判決をうけたが、主文は、土地の所有者たる友太郎が抵当権設定行為を承諾したとの理由で請求棄却になつたのであるから、主文には本件土地の実質上の所有者が友太郎であることの確認が包含されており、この点について既判力をもつているのである。

従つて勧業銀行の後主たる当事者参加人は、友太郎の後主たる原告等との間においては、前示既判力に拘束されてこれと異る主張をなしえないものといわねばならない。

(六)  仮に当事者参加人がその主張のごとく、被告等の先代向鶴治から土地を買受け、その所有権を取得したとしても、その旨の登記を経由していないから、所有権取得をもつて原告等に対抗することができないのである。

原告等は被告等に対し真実の所有権者であることを主張して、移転登記を訴求しているのであるから、別に対抗問題を生じないが、譲受によつて所有権を取得したという当事者参加人は自らが所有権者であることを主張するためには、登記を必要とし、これは物権変動を第三者たる原告等に対抗する要件である。原告等が向鶴治、当事者参加人間の取引において第三者に当ることは明かである。

(七)  当事者参加人の(七)の(イ)主張に対する答弁

いずれにするも本件土地を買受当時、当事者参加人は、土地の真実の所有者が友太郎の承継人たる岡本嘉四郎であつて、向鶴治でないことを知つていたのであるから、参加人の主張事実をもつて原告等に対抗できないのである。

(イ)  に対する答弁。登記に公信力をもたせていない現民法において登記名義人と真の権利者とが一致しない場合は、屡々あることであり、真実に合致しない登記を信じて取引したからといつて、無から有を生ずることはない。

(ロ)  に対する答弁。参加人の主張する信託の法理は当つていない。原告等の先々代友太郎は、所有権を保持するという経済目的のために親類や整理委員(岡本栄信もその一員)と協議の結果、向ケサ名義を借りて競落したにすぎないから、経済目的を超越した、いわゆる信託行為の内容がないからである。

(ハ)  本件土地につき昭和二五年一二月二一日受付第五二二六号をもつて岡本嘉四郎は被告岡本ヨシヱ等からこれを昭和二五年一〇月三〇日譲受けた旨の所有権取得登記がなされているが、右登記はこの日時の譲受にもとずくものではなく、嘉四郎は元来、土地の所有者であり、本訴第一審の勝訴判決言渡後、登記手続のため地方法務局出張所に出頭したところ、係官から前記のごとき譲渡の形式をとるように示唆をうけて、かかる譲渡形式の登記手続をとつたのである。

(原告等の補助参加人の申立)

(一)、補助参加人は、本件土地につき原告等の先代亡岡本嘉四郎の所有当時、次の内容の抵当権を設定した。

(イ)  大分地方法務局別府出張所昭和二五年一二月二一日受付第五二三〇号、同日抵当権設定、債権額四五万円、弁済期昭和二六年三月三一日、利息日歩二銭八厘、毎月末日支払、利息を期日に支払わないときは期限の利益を失い一時に全債務を弁済する旨の特約、債務者岡本嘉四郎、債権者武藤幸治(補助参加人)

以上順位第一番

(ロ)  大分地方法務局別府出張所昭和二六年八月八日受付第四五三〇号、同年七月三一日抵当権設定、債権額一三万五〇〇〇円、弁済期昭和二六年九月三〇日、期限後の損害金日歩二〇銭を支払う旨の特約、債務者岡本嘉四郎、債権者武藤幸治(補助参加人)

以上順位第二番

(二)、補助参加人は右の債権につき債務者ないし相続人から何等の弁済もうけておらず、本件土地に対する抵当権者として訴訟の結果に利害関係をもつので、原告等の主張を維持するため補助参加の申立をした。

(被告等の答弁)

被告等(被告荒金テル子を除く)は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告等の主張事実のうち(一)の本件土地がもと原告等の先々代たる岡本友太郎の所有であつたこと、(三)の登記簿上本件土地が原告主張の頃、競落により向ケサの所有に帰した旨記載されていること、(四)の岡本友太郎、原告等の先代の岡本嘉四郎及び向ケサ、向鶴治、岡本安雄がそれぞれ原告主張の日時に死亡し、その主張のごとき相続をしたことは認めるけれども、その他の事実を否認する、本件土地は向ケサが真実に競落により所有権を取得したのであつて、同人の死亡によつてこれを承継した向鶴治は昭和一六年八月二〇日頃当事者参加人に対しこれを売渡した、但し所有権移転登記は未了であるが、既に土地の所有権が参加人に既に移転しているのであるから、原告等の請求は不当であると述べ、

当事者参加人の請求を認諾し、その主張事実全部を認める旨、答えた。

(当事者参加人の申立及び主張)

当事者参加代理人は主文二ないし四項と同旨及び「参加による訴訟費用は原被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(一)、本件土地はもと原告等先々代の岡本友太郎の所有であつたところ、右土地につき抵当権実行による競売手続が開始されるや、友太郎の実弟たる岡本栄三郎(その後、栄信と改名)は妻岡本カヅの母たる亡ケサの名義を借りて、本件土地を競落し、大正一五年三月二二日自ら競落代金を納入して、所有権を取得したが、向ケサ名義の所有権取得登記を経由したのである。

(二)、そして、岡本栄信、向ケサ、大野五郎、岡本友太郎及び岡本カヅの五名は昭和二年一一月二二日大分県農工銀行から連帯して金四万八〇〇〇円を借受け、この担保として同銀行に対し本件土地のほか友太郎、栄信、カヅ、五郎の所有不動産に抵当権を設定した。

(三)、大分県農工銀行は昭和一二年五月一三日日本勧業銀行に合併され、昭和一六年八月二八日勧業銀行は栄信、ケサ等に対する前記貸金債権(同日現在の元利合計金六万六八一〇円六銭)を抵当権と共に土予銀行に譲渡し、同日当事者参加人は抵当物件の各所有者たる岡本栄信、同カヅ及び亡向ケサの相続人向鶴治の三名から目的物件全部を代金六万六八一〇円六銭をもつて買受け、同時に土予銀行に対し右三名の各債務を引受けて肩代りをなし、買受代金の支払に代えたのである。

かくて本件土地は当事者参加人の所有に帰したから、被告等は参加人に対し所有権移転登記手続をなすべきところ本訴係属中に被告等は原告等の先代嘉四郎のために本件土地につき大分地方法務局別府出張所昭和二五年一二月二一日受付第五二二六号をもつて所有権移転登記をしたので、その抹消を求めると共に、被告等が参加人に対し本件土地につき所有権移転登記手続をすることを求めるため本件参加をなした。

(四)、原告等の主張事実(二)の原告等の先々代岡本友太郎が向ケサ名義を借りて自ら競落したとの点については、右の競売は抵当権にもとずく任意競売であるから、債務者の友太郎が競落人となりうることは競売法四条の明記するところである。友太郎は本件土地の競落にあたつて特に向ケサの名義を借りる必要はないのであるから、競落人は向ケサないし競落代金を出費した岡本栄信であつたと認めるのが至当である。

(五)、原告等の(四)の主張事実のうち各該当者の死亡及びこれによる各相続の点は認めるが、原告等の先代岡本嘉四郎が昭和二年一一月二二日三津浜銀行に対し借用金を完済したとの点については、当事者参加人主張事実(二)に摘示された大分県農工銀行からの借用金四万八〇〇〇円のうちから、被告等の先々代向ケサの女婿たる訴外岡本栄信がこれを完済したものであつて、嘉四郎による弁済ではない。

(六)、原告等の(五)の既判力の主張は不当である。

岡本友太郎は昭和一三年に日本勧業銀行を相手方として本件土地に設定された抵当権無効確認並びに登記抹消請求訴訟を提起したが、訴訟の争点は抵当権設定の有効無効であつて、土地の所有権が友太郎にあるかどうかではなかつた。たまたま担当裁判所が判決理由の中で、本件土地は内部的には友太郎の所有であると判断したとしても、この点に既判力はないのである。

(七)、仮に原告等主張のごとく友太郎が向サケの承認をうけてケサ名義で競落したとするも、次の事由により、この事実を第三者たる参加人に対し主張し、ないしこの事実をもつて対抗することはできない。

(イ)  原告等の先々代たる友太郎は自ら本件土地の競落人となりえたのにかかわらず、向ケサをして競落人なりと表示せしめたのであるから、友太郎の承継人たる原告等は正義衡平ないし禁反言の原則に照らして第三者たる参加人に対し自己に所有権があることを主張しえない。

(ロ)  仮に岡本友太郎と向ケサとの間においてケサ名義をもつて友太郎のために競落する旨の約定があつたとしても、競売手続において裁判所に対し競買の申出をなし、競落許可決定をうけたのは向ケサであるから、ケサ以外の者たる友太郎が競売手続において所有権を得る筈はなく、ケサは友太郎に対し土地の所有権を移転すべき債務関係、いわゆる信託関係をもつといわねばならない。そしてケサは所有権移転の債務不履行のまま死亡し、ケサの一般承継人たる向鶴治は本件土地を参加人に譲渡したのであるから、第三者たる参加人に対する関係においては、向ケサをもつて所有者となさねばならず、友太郎の承継人に当る原告等が所有権を主張することは許されない。

(ハ)  更に岡本友太郎は向ケサ名義をもつて所有権を取得し、その旨の所有権取得登記を経由したのであるから、これは友太郎とケサとが相通じてなした虚偽表示であるからこれをもつて善意の第三者に対抗することはできない。即ち友太郎の承継人たる原告等としてはケサの相続人から同人に所有権ありと信じて本件土地を買受けた参加人に対し虚偽表示の無効なることを主張することができないのである。

(ニ)  原告等の先代岡本嘉四郎と向鶴治等は本件土地をめぐつて多年に亘り紛争を続けていたが、昭和一七年五月頃岡本清助、友永繁太郎、末広軍兵等の仲裁により岡本嘉四郎の先代岡本友太郎所有の畑二筆(別府市大字境一五三六番畑二四歩、同所一五二六番畑二畝二三歩)に対する抵当権の抹消を条件として、岡本嘉四郎、向鶴治間はもとより同人等と土予銀行ないし当事者参加人間においても、将来本件土地に関し訴訟等を提起しない旨申入れたので、参加人等はこれに応じ(ここに嘉四郎と向鶴治及び参加人との間に向鶴治に所有権のあることを確認する旨の和解契約が成立した)昭和一七年八月二五日右畑二筆に対する抵当権を放棄し、これを抹消した。従つて嘉四郎の相続人たる原告等が本件訴訟を提起したことは失当である。

(八)、原告等の(七)の主張事実自体により明かなごとく、その先代岡本嘉四郎は被告岡本ヨシヱ等から本件土地を昭和二五年一〇月三〇日譲受けたと称して同年一二月二一日受付を、もつて本件土地につき所有権取得登記を経由したが、同日右土地につき訴外武藤幸治のため債権額金四五万円、更に昭和二六年八月八日同人のため債権額金一三万五〇〇〇円の各抵当権設定登記をした。

しかし被告岡本ヨシヱ等は昭和二五年一〇月三〇日当時に本件土地の所有権をもつていなかつたのであるから、嘉四郎が所有権を取得する筈はなく、従つてその登記は無効といわねばならない。また土地の所有権移転については、当時において必要な県知事の許可も市農地委員会の承認もうけていない以上、旧農地調整法四条に照らし、無効であるといわねばならず、なお本訴係争中にかかる登記をなすこと自体が権利の濫用である。

(九)、原告等の(五)の主張は不当である。民法一七七条にいう「第三者とは当事者若くはその包括承継人以外の者であつて登記の欠缺を主張するについて正当の利益をもつ者を意味するところ、前掲(六)の(イ)で明白なように原告等は正義衡平ないし禁反言の原則上、本件土地の所有権を主張できないから、本件土地の競落人向ケサの包括承継人たる向鶴治からこれを買受けた当事者参加人に対しては登記の欠缺を主張しえないのである。

(立証方法)(省略)

理由

(一)  亡被告向鶴治の訴訟承継人の一人たる被告荒金テル子は適式の呼出をうけながら、当審口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他の準備書面を提出せず、同訴訟承継人たるその他の被告等は当事者参加人の請求の全部を認諾し、その主張事実全部を認める旨述べるけれども、本件参加訴訟においては、当事者のいずれからいずれに対する訴訟行為も、他の当事者の不利益においては、その効力を生じえないことは明かであるから、これ等の訴訟行為はその効力を生じえないものといわなければならない。

(二)  原告等の主張事実のうち本件土地が、もと原告等の先々代たる岡本友太郎の所有であつたこと、登記簿上、向ケサが大正一五年三月二二日本件土地につき競落により所有権を取得した旨記載されていることは当事者間に争がない。

(三)  第一の争点について。

原告等は本件土地につき前記友太郎が向ケサ名義で競落し、その所有権を取得したのであるから、その後の相続関係により原告等が土地の所有権者である旨、従つて向ケサは登記簿上の所有名義人にすぎず、その後の相続人たる被告等及び本件土地を譲受けた当事者参加人は本件土地の所有権を取得する筈がない旨主張するので、本件土地の競落時の事情を検討しよう。

成立に争のない甲二号証の一ないし九、同三号証、同一〇ないし一二号証、同三六、四二号証、同四四ないし四六号証、同五〇号証、成立に争のない丙五四、六八号証、証人佐藤倉八、同桑原利雄、同田村今朝季、同木村又三郎の証言、証人高橋菊蔵の証言の一部(後記措信しない分を除く)を綜合するときは、次の事実を認定することができる。

原告等の先々代たる亡岡本友太郎は大正一二年二月二日に訴外山崎ヨシノから金一万円を金一〇円につき月金一〇銭、弁済期は大正一三年一月一五日の約定で借受け、右債務を担保するため、その所有する本件土地について抵当権を設定したところ、友太郎は元金一万円及び利息二〇〇〇円の支払ができなかつたため大正一四年六月山崎ヨシノから抵当権の実行として本件土地につき競売の申立をうけた。

しかし友太郎は、この土地が他人の手に渡り、安価に競落されると不利益をうける虞れがあつたため、実弟たる訴外亡岡本栄信(改名前は岡本栄三郎であるが、改名の前後を問わず栄信と称する)、友太郎の二男であつて原告等の先代に当る岡本嘉四郎、その他の近親者等と協議の上、他人から借金して自己の負債を整理し、本件土地が競落により、友太郎の手を離れて他人に渡るのを妨止することにした。そして栄信は、いわゆる主たる整理担当者として事務を主宰し、嘉四郎や他の近親者は栄信を輔佐したが、整理資金の調達が困難であつたため、競売手続を進行せしめることになり、当初第一回から第四回までの競売期日において栄信、その妻岡本カヅの実弟大野五郎、岡本カヅ、栄信の長男岡本豊の名義で順次に競落したが、その都度、競落代金を納入せず、逐次、最低競売価格を低下せしめた。友太郎は遂に大正一五年二月一八日岡本カヅの実母向ケサの承諾を得て同女名義で代金一万六、七一八円六〇銭をもつて競落した。

競落代金等の調達については、岡本栄信が知合の訴外佐藤倉八を介して株式会社三津浜銀行の常務取締役たる木村又三郎と接衝した結果、同年三月二〇日岡本栄信、大野五郎及び向ケサの三名が連帯借用主となり、競落土地たる本件土地等につき抵当権を設定し、三津浜銀行から利息一〇〇円につき月金九五銭、毎年六月二〇日、一二月二〇日の両度にその月分までの利息を支払うとの約で金一万六、〇〇〇円を借受け、外に友太郎が訴外桑原茂から競落資金として借用した金員を加えて、同月二二日これを納入したのであつた。

右のように認定しうるのであつて、これに反する甲六号証(但し写し)、丙一八、一九号証、同四三ないし四六号証、同四九、五二、五五、六〇、六一号証の記載、証人古橋智、同岡本末吉、同安東フミ、同岡本高太郎、同宇都宮則綱、同高橋菊蔵の証言は措信できず、他に前記認定を覆すに足りる明確な証拠はない。

右の事実に徴すれば、本件土地の所有権は、友太郎から登記簿上の所有名義者たる向ケサないし銀行融資の斡旋をした岡本栄信へと移転されたものとは解し難く、本件土地の競落時期における実質上の所有者は岡本友太郎であつたというべきである。

(四)  第二の争点について。

原告等は請求原因(三)において、その後大正一五年五月一五日岡本友太郎は向ケサとの間に友太郎が三津浜銀行に対する前記借用金債務一万六、〇〇〇円を弁済すれば、ケサは友太郎に対し本件土地の所有権移転登記手続をする旨の約定が成立し、友太郎の後継者たる岡本嘉四郎は昭和二年一一月二二日右債務を支払つた旨主張するので、審究する。

甲四四、四五、五〇号証(いずれも成立に争がない)の各記載により、向ケサの署名捺印部分を除く他の部分の記載が真正に成立したことを認めうる甲一号証、成立に争のない甲四二、四四、四五号証を綜合すれば、本件土地が向ケサ名義で競落された後、大正一五年五月一五日前掲の友太郎の負債整理担当者たる岡本栄信外三名が立会人となり、岡本友太郎、向ケサ間において時期を見計つて本件土地を分割売却して三津浜銀行に対する債務の弁済にあてる旨、また友太郎が、もし他から融資をうけて右債務を弁済したときは、ケサは友太郎に対し本件土地の所有権移転登記手続をする旨約定したこと、しかし土地の分割売却も、友太郎の希望する融資も成功せず、そのまま日時を徒過したことが明かである。

次に成立に争のない甲九、一一、一四、四二、四四、五〇号証(一四号証は一、二)、成立に争のない丙四四、五三、六一号証、また甲四六号証及び丙四五号証(いずれも成立に争がない)の記載により真正に成立したことを認めうべき甲二〇、二一号証、甲四八号証(成立に争がない)の記載により真正に成立したことを認めうべき丙一四号証の三、証人安東フミ、同宇都宮則綱、同高橋ミヤの各証言を綜合するときは、次の事実を認めることができる。

岡本栄信は栄三郎と称して予て別府市内で料理屋を開業していたが、一念発起して、これを廃し、僧籍に入り栄信と改名したのであるが、昭和三年三月頃から別府市内で開催の予定であつた共進会を機会に別府市大字上野口境川の宝持寺境内に巨大な大仏像を建立しようと企画し、その建設資金に苦慮していた。そして栄信は岡本友太郎、向ケサ等と相談の結果、三津浜銀行に対する前記借用金を弁済し、債務の担保として提供されているケサ所有名義の本件土地を取り戻した上、この土地に栄信、友太郎、その他の近親者の所有土地を合して、他の銀行に対する担保として一括提供し、多額の融資をうけ、その一部分を大仏建立の資金に充てることの承諾をうけた。

昭和二年一一月二二日岡本栄信、その妻カヅ、友太郎、ケサ及び大野五郎は、訴外株式会社大分県農工銀行から連帯して金四万八、〇〇〇円を借用し、約定として右元金を同日から昭和三年二月末日まで据置き、債務者の栄信等は昭和三年三月一日より同一三年二月末日までに借受金元利を年賦償還すること、利息は据置期間及び年賦償還期間を通じ年八分九厘とし、栄信等は毎年賦金七、三四八円一六銭を分割して同銀行に払込むこと等を定め、同時にその担保として向ケサ所有名義の本件土地、岡本栄信所有の田、宅地、家屋、岡本友太郎所有の畑、大野五郎所有の田、畑、岡本カヅ所有の畑、家屋につき一番抵当権を設定したのであつた。

そして、前記借用の日たる昭和二年一一月二二日に借用金四万八、〇〇〇円のうちから金一万六、〇〇〇円をもつて三津浜銀行に対する借用金の支払に充てて、同銀行は本件土地に対する抵当権を放棄したが、残余の金三万二、〇〇〇円は、その後、栄信において大仏建立の資金として費消し、昭和三年大仏像は完工されたのであつた。しかし、この四万八、〇〇〇円の債務の支払については、栄信、友太郎、嘉四郎等が昭和八年七月一一日大仏山親戚関係者協議会を設け、大仏山拝観料等をもつて、これに充てること、その他を協議したが、結局、右債務は友太郎、栄信、ケサ等のいずれからも弁済されなかつた。

右の認定に反する甲四二、四四号証の記載、証人高橋菊蔵の証言は措信できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

これ等の認定事実に徴すれば、三津浜銀行に対する債務及び抵当権設定は、そのまま大分県農工銀行に対する債務及び抵当権設定として移転したもの、いわゆる肩代りされたにすぎないものと解すべきである。

従つて本件土地を分割売却して三津浜銀行に対する債務を弁済したのでないことは勿論、友太郎が自らの負担において同債務を弁済したのでもないから、ケサが友太郎に対し移転登記手続をなすべき前記約定の時期は到来していないといわなければならず、原告等のこの点に関する主張は理由がない。

(五)  第三の争点について。

前叙のように、本件土地の実質上の所有者は岡本友太郎であるが、友太郎は登記簿上の所有名義人を向ケサとすることを承諾していたのみならず、本件土地を担保にして三津浜銀行、次で大分県農工銀行から金融をうける際も、向名義を使用することを承認していた事実が存するが、本件土地が向ケサの手を離れ、相当の日時を経て転々して当事者参加人の所有名義に移つた際、実質上の所有者たる友太郎ないしその後主は、自己の所有権を当事者参加人に対し主張しうるかどうかを審究する。

成立に争のない甲一〇号証、同一四号証の一、二、また丙四三、四六、五三、六七号証(いずれも成立に争がない)の各記載により真正に成立したことを認めうる丙一ないし五号証、当事者参加本人尋問の結果により真正に成立したことを認めうる丙三七号証、同三八号証の一ないし四、同三九号証、証人宇都宮則綱、同岡本綾子の各証言並びに当事者参加本人尋問の結果を綜合するときは、次の事実を認めることができる。

岡本栄信、向ケサ、岡本友太郎、大野五郎及び岡本カヅの各所有土地を担保にとつて同人等に対し金四万八、〇〇〇円を貸与した大分県農工銀行は昭和一二年五月一三日株式会社日本勧業銀行に合併せられ、昭和一六年八月二〇日同勧業銀行は岡本栄信、亡向ケサの相続人たる向鶴治及び岡本カヅに対する連帯貸金債権(同日現在の債権残額元利合計金六万六、八一〇円六銭)を、向鶴治所有名義の本件土地、岡本栄信所有の田二筆、岡本カヅ所有の田一筆に設定された抵当権と共に訴外株式会社土予銀行に譲渡し、即日当事者参加人は抵当物件の各所有者たる向鶴治、岡本栄信、同カヅの三名から右目的物件全部を代金六万六、八一〇円六銭で買受け、同時に土予銀行に対し三名の各債務を引受けて肩代りをなし、買受代金の支払に代えたのであつた(その間に岡本友太郎が大正一五年一二月三一日死亡し、原告等の先代たる岡本嘉四郎がその家督を相続し、他方向ケサも昭和九年一二月二二日死亡し、向鶴治が家督相続をしたことは当事者間に争がない。なお岡本栄信が昭和一七年一月二五日死亡したことは、当裁判所に顕著な事実である。記録一冊目三五一丁の戸籍抄本参照)。

右のように認定できるのであつて、これを覆すに足りる明確な証拠はない。

ところで、当事者参加人は、その(七)の(イ)ないし(ハ)において、原告等の先々代たる友太郎は自ら本件土地の競落人となりえたのにかかわらず、向ケサをして競落人なりと表示せしめたから、友太郎の承継人たる原告等は、第三者たる善意の当事者参加人に対し所有権があることを主張しえないと論ずるので、検討を加える。

前記事情のもとに、友太郎は向ケサの承諾を得て、ケサ名義をもつて競落した以上、これは友太郎が自己名義で本件土地を競落した後、所有権移転の意思がないのにかかわらず、向ケサと通謀して虚偽仮装の所有権移転をした場合と異ならないと解しうるのであるから、民法九四条二項を類推すべきであり、原告等は向ケサが実体上、所有権を取得しなかつたことをもつて、善意の第三者に対抗しえないものと解するのを相当とするのである(最高裁昭和二九年八月二〇日第二小法廷判決、集八巻八号一五〇五頁以下、昭和三七年九月一四日第二小法廷判決、集一六巻九号一九三五頁以下参照)。

前示丙一ないし五号証、成立に争のない丙四四、四五号証、同五三ないし五五号証、同五七、六七号証、証人岡本綾子の証言によつて真正に成立したことを認めうる同六六号証の一、二、同証人の証言及び当事者参加本人尋問の結果を綜合するときは、次の事実を認定しうる。

当事者参加人の実父たる訴外山泉利重が株式会社土予銀行の代表者の資格をもつて昭和一六年八月二八日勧業銀行から前記連帯貸金債権及び本件土地に設定された抵当権を譲受け、同日次男の当事者参加人の代理人として本件土地を買受けるに至つたのは、勧業銀行の顧問弁護士の亡中村守、栄信と親交のあつた、もと代議士の宇都宮則綱及び別府市内の土地仲介業者たる末広軍兵から、この土地は有望で、後日に紛議をおこすことはないから買受けてくれるようにと懇請されたためであつた。

利重は予め中村弁護士より甲一〇号証(大分地裁判決正本)、同一一号証(長崎控訴院判決正本)等を示されて、岡本友太郎、日本勧業銀行間の抵当権設定行為無効確認及び登記抹消請求訴訟において、勧業銀行が勝訴し、同銀行の前主たる大分県農工銀行の本件土地に対する抵当権は有効であつたことを告げられ、これを信じたし、また本件土地の登記簿上の所有名義人が向ケサであることを確かめた上、更にその頃別府市内の旅館に中村守、宇都宮則綱、岡本栄信、向鶴治、岡本カヅ及び末広軍兵を招いて懇談し、書類を点見して土地が向鶴治の所有であることを確認したのであつた。

参加人が土地を買受けた後、岡本カヅ及び岡本綾子は参加人に依頼されて本件土地の小作料を集め、その中から固定資産税を控除した残余の分を参加人に送り、また参加人自身がこの取立に赴いたこともあつた。

右のように認定することができるのであつて、これに反する甲五〇号証の記載は措信し難く、他にこれを覆すに足りる明白な証拠はない。

もつとも成立に争のない甲一〇ないし一二号証、同四二号証、口頭弁論の全趣旨により真正に成立したことを推認しうる同一五、一七、二九、三〇号証(一五号証の郵便官署作成部分、二九号証の二、三〇号証の一ないし六の郵便官署作成部分の成立は争がない)、甲四四号証(成立に争がない)により真正に成立したことを認めうる同二八号証、成立に争のない丙八ないし一〇号証、同一五号証の一、二、同一六号証並びに証人高橋菊蔵の証言によれば、当事者参加人が昭和一六年八月二〇日本件土地を買受けるまでの間に、友太郎、その相続人たる嘉四郎は、岡本栄信、向ケサ、その相続人の向鶴治との間に本件土地の所有権の帰属をめぐり、永年紛争を続け、特に嘉四郎から告訴がなされた事実を肯認しうるが、かかる事実があつても、前記認定の妨げとはならないのである。

かくて参加人は本件土地を買受けた当時、この土地が向ケサの相続人たる向鶴治の所有であると信じ、善意であつたことが明かであるから、原告等は向ケサ及びその承継人が本件土地の所有権を取得しなかつたことをもつて、当事者参加人に対抗しえず、結局、参加人は有効に土地の所有権をえたものというべきである。

(六)  なお原告等は、その(六)において仮に当事者参加人が土地の所有権を取得したとしても、その旨の登記を経由していないから原告等に対抗することができないと主張するけれども、民法一七七条にいう「第三者」とは当事者若くは包括承継人以外の者であつて登記の欠缺を主張するについて正当の利益をもつ者を意味するところ、前記説明のごとく原告等は本件土地の所有権を主張しえないのであるから、本件土地につき登記欠缺を主張すべき正当の利益をもたないものであるというべく、参加人はその所有権を原告等に対抗しうるのである。

なお本件土地につき大分地方法務局別府出張所昭和二五年一二月二一日受付第五二二六号をもつて岡本嘉四郎のために同年一〇月三〇日の譲渡行為による所有権取得登記がなされているが、これは原告等の先代嘉四郎が本訴係属中の第一審勝訴判決の言渡後、被告岡本ヨシヱ等のなした控訴を取下げせしめて、作為的に自己名義に所有権移転登記をなしたことは、成立に争のない甲三四、四九号証及び丙四七、五二、五三、五八、五九号証並びに被告岡本ヨシヱ本人尋問の結果に徴して明かである。しかし本件土地を買受けた参加人に対し嘉四郎ないし相続人は本件土地の所有権を対抗しえないのにかかわらず、その後、作為的に右の登記がなされたのであるから、かかる登記の存在をもつて、原告等が参加人に対し登記の欠缺を主張することは許されないのである。

(七)  以上の次第であるから、本件土地が原告等の所有にあることを前提とする原告等の本訴請求は、その理由がないことは明かであるから、これを棄却すべきである(岡本嘉四郎は昭和三〇年九月二二日死亡し、その長女原告岡本シズヱ、嘉四郎の長男亡忠雄の長女たる原告甲斐光代、嘉四郎の養子亡克已の長男たる原告岡本征一、同じく二男の原告岡本紀久男、二女の原告岡本和代、三女の原告岡本久子が相続により嘉四郎の地位を承継したことは、当事者間に争がない)。

また、当事者参加人のその他の主張に対する判断をまつまでもなく、本件土地が当事者参加人の所有であることの確認を求める同参加人の請求は理由があるので、これを認容し、また原告等は当事者参加人に対し本件土地につき大分地方法務局別府出張所昭和二五年一二月二一日受付第五二二六号をもつてなされた岡本嘉四郎のための所有権取得登記をもつて参加人に対抗しえないのであるから、その抹消登記手続をなすべきである。

そして当事者参加人の請求のごとく、成立に争のない丙三五号証の一ないし九によれば、本件土地につき主文四項掲記のごとき持分をもつて被告等の所有権持分登記がなされていたことを認めうるのであるから、被告等はおのおの該持分につき当事者参加人に対し移転登記をなすべきものと解すべきである。

よつて当事者参加人の請求をすべて認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

別紙

目録

別府市大字別府境下一三九五番

一、田        一反二歩

同 所一四〇三番

一、田        六畝六歩

同 所一三〇五番の一

一、田        八畝五歩

同 所一二九七番の二

一、田        七畝一七歩

同 所一三〇六番の一

一、田        二反一畝二一歩

同 所同番の二

一、田        一七歩

同市大字別府字境一五三三番の一

一、田        一反六畝二五歩

同 所一五三三番の二

一、宅地       一五四坪

同 所一五三三番の三

一、田        五畝二三歩

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